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ふるさと文学館ニュースレター 【バックナンバー】

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主題: ふるさと文学館ニュースレター vol.105
配信日時: 2022年10月16日 11時35分
◇第26回風花随筆文学賞・一般の部は今月末締切です◇
今回は、いつも見ていただいている皆様に、第24回の最優秀賞作品「愛しのマグカップ」をお送りします。締切まであとわずか。「あなたの体験 想いをことばに」してみませんか。

 ここに一対のマグカップがある。去年の母の日に二男から贈られた。一方は濃紺、片方は淡い水色で、全体が尻細りではあるが分厚く、安定感があり、容量もたっぷりだ。夫と私がどちらかを選ぶ権利もなく、それぞれのカップに「おとん」、「おかん」と相田みつを風な書体で書かれてある。もちろん高価な代物ではないと分かっていてもそこは親バカ、使うほどに口元がゆるむ。しげしげとこれを眺めていると、親となった遠い日から現在までの、息子との歴史が静やかに蘇ってくる。
 あの頃は、二人の男子を育てるにあたり、私なりの家庭像を心に刻んだ。多分にTVドラマの影響と思われるが、私は武士の妻に強い憧れを抱いていた。厳粛な父、穏和で聡明な母。加えてそのような両親のもとで行儀良く、利発な息子たち。たとえて言うなら、
「お家のことは何一つ、ご案じくださいますな」
「さようか、ではしかと頼んだぞ」
「父上、行ってらっしゃいませ」
 玄関先にて、幼子とともに三つ指ついて送り出し、またお迎えを致す。ああ、なんと古式ゆかしい日本の来し方であろう。しかしながら時を経るごとに、古来のゆかしき家庭像は音をたてて崩れ去っていく。いつも着物姿でなおかつ、物差しを入れたような背中をもってりりしく接しようと決断するも三日ともたず、TシャツとGパン姿でガーガー吠えまくっている。親がこうであるのに、武士の倅に育つはずもあるまい。
 理想と現実の大きな隔たりを痛感する日々だった。長じるにつけ、更なる隔たりが待っていた。いわゆる非行である。息子はやっと入れた高校も早々と退学し、勝手に仕事を見つけて小遣いを稼いでいるようだった。真新しい制服に身を包み、さっそうと登校する高校生を目にする度に、私の胸も胃も痛んだものだ。
 毎夜夫に訴えてはみるものの、建築設計事務所を立ち上げたばかりの頃で、猛烈に忙しく、心ここにあらずの心境だったのだろうか。
 高校を中退したときも、
「勉強する気がないんやから、しゃーないやん」
 次々仕事を変えたときも、
「遊んどるよりましや」
 暴走族で警察の厄介になったときも、
「臭い飯を食ってみるのも経験や」
 挙げ句の果ては、
「悪さをするのも根性や」
 と、とりつくしまもない。
 息子の二十歳を目前にしたある冬の夜のことだ。珍しく夕食時に顔を見せ、
「おかん、すまん。婆ちゃんになってくれるか」
 そんな言葉を皮切りに、子供ができたから結婚させて欲しい。これからは真面目になる。ついてはおとんの跡を継ぎたいと。
「ちょ、ちょっと待ってよ。お父さんの跡を継ぐって。あんたは中学しか」
 それまで黙って聞いていた夫は、私の言葉を遮った。
「過ぎたことはしょうがない。これからは家族を、またこれからなろうとしている家族を絶対に泣かさへんと約束できるか」
 いくらおとんの跡を継ぎたいからと言っても、ああそうですか、ほな明日からどうぞというほど事は簡単ではない。それに甘えさせてもならない。
 それからの息子はまるで人が変わったように頑張りを見せた。甘い誘惑に再度手を染めないために、遠く離れた田舎町にアパートを借り、新婚生活をスタートさせた。未知の地で大工の下手間につき、他に早朝から牛乳配達もやり生計をたて、空いた時間に勉学に勤しんだ。日曜日になると教科書片手に家族全員で我が家にやって来る日が二年余り続いた。その間に女の子も生まれた。暖かい部屋で夕食を共にし、初めての嫁、初めての孫と過ごせる日々はまさに至福のひとときだった。けれども、男子とはやはり父親の背中を追うものなのか。それに引き換え母親は、せめて温かい料理を作るくらいしか能がないのかと、一抹の寂しさも覚える。
 やがて帰宅時間となり送りに出る。明日からまた、暗いうちから寒空の下での仕事が待っていると思うと、涙が出そうになる。
 あんまり頑張らんでもええんやで。おかんはあんたが真面目になってくれたそれだけで十分なんよと親バカの思いと、決して泣きごとは言うんじゃない、自分が蒔いた種やろ。
 二つの心が微妙に交差する。見送った庭先では、紅葉の枝先から最後の一葉が音もなく散っていく。
 やがて二年後に二級建築士資格を取得し、やっと夫の設計事務所に入ることを許された。二十二歳の春のことだった。
「あんた、アホやなかったんやなぁ」
「俺はやるときはやるんや。もっとも、背水の陣やけどな」
 おおー、さすが武士の倅や。三つ子の魂が効いていたのか? だけど息子よ、母の日に贈ってくれたこのマグカップ、せめて「父上」、「母上」と書いて欲しかったなぁ。

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